俳優として『君の膵臓をたべたい』や『東京リベンジャーズ』などの話題作に出演し、
バンド「DISH//」のボーカル&ギターとしても活躍する北村匠海さん。
彫りの深い顔立ちと確かな演技力で多くのファンを魅了する彼ですが、
その人柄や才能を育んだ背景には、温かい家族の存在がありました。
この記事では、北村匠海さんの家族構成や家族とのエピソードを詳しくご紹介します。
北村匠海の家族構成まとめ!
- 父親
- 母親
- 本人:北村匠海さん
- 弟:北村大樹さん(3歳年下)
北村匠海さんの家族は父親、母親、匠海さん本人、そして3歳年下の弟・大樹さんの4人家族です。
また、ハクとキキという名前の2匹のミニチュア・シュナウザーも家族の一員として大切にされています。
東京都練馬区で育った北村さんは、家族との絆を非常に大切にしており、
インタビューでも家族について語ることが多いです。
北村匠海の父親は鹿児島出身で美容師!?

北村匠海さんの父親は、鹿児島県出身の一般の方です。
職業については公開されていませんが、家族に大きな影響を与えている存在として知られています。
北村匠海さんの人柄や趣味にも、父親からの影響が色濃く表れています。
北村匠海さんの父親はさそり座・B型で、これは匠海さん自身と同じ星座と血液型です。
性格的にも共通点が多く、匠海さんは「凝り性」という点で特に父親に似ていると語っています。
趣味に没頭する姿勢や物事へのこだわりは、父親から受け継いだものでしょう。
インタビューでは「父のように、年を重ねて自分の趣味を押しつけるような親になりたい」と
冗談交じりに話すほど、父親の生き方に影響を受けています。
趣味の多様性
北村匠海さんの父親は多趣味な方として知られています。
特に釣りが大好きで、使用するウキも手作りするほどのこだわりを持っています。
そうした細かい作業がまったく苦にならない点も、匠海さんは「間違いなく似ている」と自己分析しています。
また、カメラにも造詣が深く、
匠海さんが17歳の時には高級カメラとして知られるライカのコンパクトフィルムカメラをプレゼントしました。
このカメラがきっかけとなり、匠海さんは写真撮影を趣味とするようになったそうです。
父子の関係性
北村匠海さんと父親の関係は、非常に良好です。
料理やファッションについても親子で熱心に語り合い、
レザーシューズを共用したり、デニムの古着の良さについて議論したりすることもあるようです。
さらに、包丁の研ぎ石の品質のような専門的な話題にまで会話は及び、友人のような関係を築いています。
成人後は一緒にお酒を楽しむこともあり、楽しくて「ついつい飲ませすぎてしまう」ことも多いそうです。
教育方針と価値観
匠海さんの父親の教育方針からは、「本物」を大切にする価値観がうかがえます。
雑誌GQのインタビューで匠海さんは次のように語っています:
「時計と靴とベルトはいいものを長く使えと言われています。
その3つは男を象徴するもので、いいものを使っていればカッコよく見えるんだって父から教えられてきました。
父は実際、若いころに買った1本の時計を今も大事に使っています。」
また、父親から「お前は恵まれている。いい人が集まってくる」という言葉をかけられたことで、
様々なことに挑戦する勇気を得たとも話しています。
「育児満了メール」のユーモア
北村匠海さんが20歳の誕生日を迎えた際、父親から「育児満了のお知らせ」というユニークなメールが届きました。
これは北村家の子育てが一段落したことを宣言するもので、
そのユーモアあふれる内容が北村さんの父親の人柄をよく表しています。
メールの内容は以下のようなものでした:
「本日をもちまして、我々の長男 北村匠海の育児を終了させていただき、
ここにご報告させていただきます」
そして、今後の人生における3か条として:
- 「親の許可なく結婚できる年齢ですが、
北村家では親の紹介なくしての結婚は認めませんのでご了承ください」- 「将来をみすえしっかり貯蓄しましょう。貯蓄が沢山になったら親孝行しましょう」
- 「いつまでも謙虚な気持ちを忘れずにいてください」
最後に「これからの人生を謳歌し、大きく羽ばたいてください。楽しみにしています」
と締めくくられていました。
ORICON NEWSより
北村さんはこのメールについて
「あの3か条はずっと心に留めていて、自分なりの親孝行もしました。
育児満了メールは弟にも届いたらしいんですけど、自分の子どもにもやろうと思いましたね」
ORICON NEWSより
と語っており、父親の教えを大切にしていることがうかがえます。
父親と家族の関係
父親は母親、匠海さん、弟の大樹さんとともに温かい家庭を築いています。
徹子の部屋での匠海さんの発言「弟と寝室で寝ていてもリビングでは親の笑い声が聞こえる」という言葉からは、
両親の仲の良さも伝わってきます。
また、弟の大樹さんはインタビューで「美容師の両親」と語っていることから、
父親も美容師である可能性があるという情報もありますが、確実な情報ではありません。
北村匠海さんの父親は、多彩な趣味を持ち、本物の価値を大切にする方です。
匠海さんとは趣味や価値観を共有し、友人のような対等な関係を築いています。
こうした父親の存在が、匠海さんの多面的な才能や人間性の形成に大きく貢献しているのでしょう。
一般の方であるため詳細な情報は限られていますが、息子との会話や共有する時間を大切にし、
真の「親子の絆」を体現しているように見えます。
こうした家庭環境が、北村匠海さんの豊かな感性や堅実な人柄を育む土壌となったことは間違いないでしょう。
北村匠海さんの母親は秋田県出身!

北村匠海さんの母親は秋田県出身の一般の方です。
彼女は匠海さんの人生や芸能界での歩みを陰ながら支え、独特の子育て観で彼の成長を見守ってきました。
ここでは、これまでの情報をもとに北村匠海さんの母親について詳しく紹介します。
北村匠海さんの母親は一般人のため、名前や年齢などの詳細な情報は公開されていません。
出身地は秋田県で、北村さん自身がテレビ番組「A-Studio」や
「はじめまして!一番遠い親戚さん」で明かしています。
後者の番組では、秋田県の大仙市にある母方の祖父母のもとを訪れる様子が放送されました。
北村さんは自身の母親を「こだわりが強く、しゃれた親」と表現しています。
コミュニケーション能力が高く、ユーモアのセンスを持ち合わせた方のようです。
北村さん自身が母親に似ているとも語っていることから、彼の彫りの深い美しい顔立ちは母親譲りかもしれません。
北村匠海の芸能界入りと母親の役割
北村匠海さんが芸能界に入るきっかけとなったのは、小学3年生のときにスカウトされたことです。
このとき、芸能活動を始めることを積極的に勧めたのが母親でした。
興味深いのは、母親が芸能界入りを勧めた理由です。
「大人の世界で揉まれれば長男に行儀作法が身につくだろう」という考えからだったそうで、
華やかな芸能界のキャリアよりも、礼儀や人間形成の場として捉えていたようです。
当初は習い事感覚で始めた芸能活動でしたが、北村さんはサッカーに夢中になり、
タレント活動自体はそれほど熱心ではなかったそうです。
それでも母親は長い下積み期間も含め、一貫して彼の活動を支援し続けました。
家庭内での役割と子育て
北村さんの母親は共働きだったことが明らかにされています。
具体的な職業は不明ですが、家庭外でも活躍されていたようです。
それでも家族との時間を大切にし、暖かい家庭環境を作ることに力を入れていました。
徹子の部屋での北村さんの発言「弟と寝室で寝ていてもリビングでは親の笑い声が聞こえる」からは、
両親が良好な関係を保ち、明るい家庭を築いていたことが伝わります。
また「何でもすぐに打ち明けられるのは家族だけかもしれない。
すごく愛をもらって育ってきたなっていう実感もすごくあります」という言葉からは、
子どもたちが心を開ける環境づくりに成功した母親の姿が想像できます。
北村匠海さんの母親は、ユーモアと温かさを兼ね備えた個性的な女性です。
子どもたちの成長を温かく見守りながらも、自立を促し、
人間としての根幹となる価値観を伝えることに尽力したことがうかがえます。
北村さんの芸能界入りは、母親の「大人の世界で礼儀作法を学ばせたい」という思いが発端でした。
この判断が、今日の北村匠海というアーティストを生み出すきっかけとなったのです。
彼の謙虚な姿勢や人間性の良さは、こうした家庭環境と母親の教育方針あってこそ育まれたものなのでしょう。
一般の方として表に出ることは少なくても、北村匠海さんの成功の影には、
彼を信じ支え続けた母親の存在が大きいことが分かります。
北村匠海の弟は美容師の大樹!

北村匠海さんの弟・大樹(たいき)さんは、兄とは違った形で自分の道を切り拓きながらも、
兄との強い絆を大切にしている人物です。
ここでは、大樹さんのプロフィールや活動、兄との関係について詳しく紹介します。
北村大樹さんは、2000年8月3日生まれで、北村匠海さんとは約3歳の年齢差があります。
血液型はO型で、北村匠海さんのB型とは異なります。
容姿は兄の匠海さんに似た雰囲気があり、同じく整った顔立ちをしています。
匠海さんほど彫りが深くはありませんが、どことなく兄弟であることがわかるルックスです。
学生時代と進路選択
大樹さんは高校時代、野球部に所属して甲子園を目指す高校球児だったという情報があります。
スポーツにも打ち込む活発な少年だったようです。
高校卒業後は進路について悩んだようですが、最終的に美容専門学校に進学しました。
この選択には、兄の匠海さんの影響があったようです。
大樹さん自身のインタビューによると、兄が「美容師になりたかった」とふともらした言葉をきっかけに、
美容師という道を意識し始めたそうです。
現在の活動と職業
現在の大樹さんは、2つの顔を持っています。
1つ目は美容師としての顔です。
美容専門学校を卒業後、フリーランスの美容師として「JE SUIS HEUREUSE(ジェスィーウール)」
という美容室で活動しています。
技術を磨きながら、自分のスタイルを確立しつつあるようです。
2つ目はインフルエンサー・タレントとしての顔です。
インフルエンサー事務所「GROVE」に所属し、SNSでの発信や媒体への出演なども行っています。
このタレント業を始めたきっかけは、兄・匠海さんの特集番組にたまたま出演したことだったそうです。
その際には緊張もせずに自然体で出演でき、そこから新たな道が開けたとインタビューで語っています。
インスタグラムではセルフショットやおしゃれな写真を多数投稿しており、
ファッションセンスの良さもうかがえます。
兄・匠海さんとの関係
大樹さんと匠海さんは非常に仲が良い兄弟として知られています。
小さい頃から両親が共働きだったこともあり、兄弟で過ごす時間が長く、強い絆で結ばれました。
習い事も一緒に行くことが多く、地元の練馬区の豊玉錦公園で遊んだ思い出も多いようです。
成長してからも、雪遊びや筋トレを一緒にするなど、兄弟の交流は続いています。
大樹さんは兄の匠海さんを深く尊敬しており、匠海さんがDISH//のメンバーとして活躍するライブにも足を運びます。
匠海さんの20歳の生誕ライブの際には「自慢のお兄ちゃん」とコメントするなど、
兄への愛情と尊敬の念を隠さずに表現しています。
また、匠海さんのおさがりの服を着用することもあり、実用的な面でも兄の影響を受けていることがわかります。
二足のわらじを選んだ理由
美容師とタレントという二足のわらじを履くことになった背景について、
大樹さんは次のように語っています:
美容師の両親と、芸能活動をする兄を見てどちらの仕事にも興味を持っていたんです。
ただ逆に、大変な仕事だと分かっている家族にはどちらの仕事も反対されていましたね。
タレント美容師-北村太樹-を紐解くより
この発言からは、両親が美容師である可能性も示唆されています(ただし確証はありません)。
反対されながらも、美容師とタレント、
両方の道を歩みたいという強い意志を持って進んでいることが伝わってきます。
自分の道を模索する姿勢
大樹さんにとって「北村匠海の弟」というレッテルは、時に重荷になることもあるでしょう。
しかし、それを前向きに捉え、自分らしい道を模索している様子がうかがえます。
美容師としての技術を磨きながら、インフルエンサーとしての活動も積極的に行い、
兄とは異なる形で自己表現を続けています。
「北村大樹としての道をさがす旅は始まったばかり」と表現されるように、これからの活躍が期待される若者です。
北村大樹さんは、兄・匠海さんと強い絆で結ばれながらも、
美容師とインフルエンサーという独自の道を歩んでいます。
兄への尊敬の念を抱きつつ、自分らしいスタイルを確立しようと努力する姿が印象的です。
両親や兄からの影響を受けながらも、それを自分なりに消化し、新たな価値を生み出そうとする姿勢は、
北村家の家風とも言えるのかもしれません。
これからの大樹さんの活躍にも、注目が集まるでしょう。
まとめ
北村匠海さんの魅力や才能の背景には、温かい家族の存在があります。
凝り性で趣味人の父親、ユーモアのある母親、互いに影響し合う弟との関係は、
北村さんのパーソナリティや価値観の形成に大きく寄与しています。
家族からたくさんの愛情を受けて育った北村さんは、その愛を自分の演技や音楽、
人との関わり方に還元しているのかもしれません。
彼の謙虚な姿勢や多彩な才能は、家族という揺るぎない土台があるからこそ輝きを増しているのでしょう。
これからも俳優として、音楽家として、そして一人の人間として成長を続ける北村匠海さん。
その活躍の裏には、いつも温かく見守る家族の存在があることを忘れないでいたいですね。



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